鶴見・生麦  生 麦 事 件  事件の概要はこちらから                          
    川崎を出て神奈川宿へ急いでいる。鶴見に至って寄り道。曹洞宗総本山総持寺が鶴見にある。曹洞宗の革新派の総本山らしい。やがて生麦魚河岸を通過していくと民家の塀に生麦事件跡なる案内板があった。そこから700メートル程先、キリン生麦工場の入口に生麦事件碑があった。深手を負って、ここまで逃げてきたRichardsonは落馬。薩摩藩士にとどめを刺された。後の薩英戦争のきっかけを作り、歴史を動かすことになった事件だった。
 22年後、少年時にこの事件を目撃した鶴見村の黒川荘三が異国で非業の死を遂げたRichardsonの死を悼み私財を投じて碑を建立。碑文は西国立志編の中村正直が揮毫。
 また生麦駅前の酒店主浅海武夫は生麦事件参考館を開設し横浜外国人墓地に眠るRichardsonの墓を改修した。事件後、今なお続く地元の人たちの篤志に心打たれた。
 この日、私は碑の横から工場に立ち寄り、ビール試飲に与って生麦を後にした。
※「生麦事件参考館」は2014年5月3日に閉館しました。事件を伝えて20年でした。
キリン生麦工場の入り口にあった。現在は近くに移転。
 中村正直揮毫の碑文。石碑が老朽化しています。線香はご遠慮くださいとあった [拡大]  事件の起きた文久2年8月。現○谷家前。ここには料理屋桐屋があった。リチャードソンが落命したのはここから200メートル先。キリン生麦工場の入り口である。 [画像をクリックすると拡大]  事件を伝える事件解説 生麦工場入り口にある[拡大]